2024年1月25日福笑い | みんなのお家

子育てブログ

2024.01.29更新子育てブログ
2024年1月25日福笑い

 「先生の20歳の頃をインタビュ—させて下さい」、とお願いの連絡が入りました。大学の課題だそうです。2004年、東所沢保育園が開園した時、0歳児”ひよこ組“の赤ちゃんで入園した女の子です。

 50年以上前の私の事など聞いてどうする?ドラマチックでも無く、ごくごく普通に生きていた私ですから、話す事などあるだろうか?「エッ?わたし?」直ぐには了解できずに居ました。丁度今年が成人式、きれいな着物姿の写真もお母さんから送られてきました。約束の日は私の方がドキドキでした。大人になった子どもたちに合うのは嬉しいのですが、不思議と私が恥ずかしくてドキドキしてしまうのです。事前にインタビューの内容も知らせてくれたり、当日は手土産まで持参の気遣いに、益々恐縮してしまいます。

 私の青春時代は、学生運動の全盛期で、バイト先の東大赤門前は、連日機動隊と学生たちの恐ろしい惨劇を目の当たりにして過ごし、保育士を目指し学ぶ学校も、「戦争反対」のビラがベタベタ貼られ、汚いジーンズにトレーナーが制服のような仲間たちが、オシャレをしたい私には嫌でたまらず、少しだけ浮いていたように思います。でもみんなで歌う反戦歌は大好きで、美しい旋律と、訴えかける歌詞に心動かし、ギターまで練習したほどです。20歳で保育士になりました。

 失敗談や、もう一度20歳に戻れたらどうしたいかなど聞かれて、約束の1時間はアッと言う間に過ぎていきました。私への質問の合間に、自分が保育園で育った頃の事を話してくれました。「東所のお陰でスポーツは得意ですよ!リレーの選手でした」「プールあそび」「散歩」「雨でも走って居た」と笑います。「お母さんが同じ保育園で働いている事って、あんまりないですよね」と良い質問をしてくれて、私が拘った「我が子を預けたくなるような保育を目指す」と言う立ち上げの頃の願いも話すことが出来ました。

 目をキラキラさせて、好きな事をする為に、バイトもして、卒業してからの夢も語り、保育園で育った事を自慢気に話す20歳になった卒園生は、心も身体もしっかり育って輝いていました。すっかりインタビュ—されるがままに、昔話をタラタラ話した私は、予想していなかった嬉しいお年玉をもらった様な気分でした。

福笑い

 お正月の遊びは、とにかく笑うがテーマです。羽根つきをすれば、外した人は顔に墨でばってんを書かれて大笑い。百人一首も、小さい子がいる家は「坊主めくり」 絵札の山を一枚一枚めくり、坊主をめくってしまうと折角積んだ札を全部出さなければならなくなります。逆に姫が出ると、全部貰えると言う、全くの運だけの遊びです。昔の人たちは、「お正月は1年の始まり、泣いたら1年中泣いて暮らすようになるから、泣いたら駄目だよ」と、笑いが生まれる楽しい事を、お正月は一緒にしてくれたのでしょう。日常は忙しく家事をこなす母親も、暮れに整えたおせち料理のお陰で、台所に立つこともせず、子どもたちと遊んでくれました。

 そんな故郷のお正月を楽しんでいた元旦に能登を襲った大地震です。元旦から悲しみと、苦悩と、我慢を強いられ、インフラの復旧もいつになるのか見通しも無く、待つだけなんて、本当に酷いです。希望はちゃんと見えるようにして貰わなければ、思い描く事も、頑張る事も出来ません。私たちの感覚では想像もできないようなお金を懐に入れて、お咎めなしで終わろうとしている政治家たちのニュースが、テレビで一緒に流されるので、本当に矛盾で居たたまれなくなります。そのお金今すぐにでも被災地に!全部出して罪を償って欲しい。当の政治家たちは「罪を犯したと言う意識」は無いのですから、話になりません。

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